東京高等裁判所 昭和55年(う)212号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
刑訴法三四二条は「判決は、公判廷において、宣告によりこれを告知する。」と規定しているが、同規則三五条二項は「判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない。」と規定し、判決の理由は要旨を告げれば足りるものとされている。本件は、労働争議に伴う傷害等被告事件であり、第一審裁判所が、弁護人の公訴権濫用、正当防衛、違法性阻却等の主張を排斥して、被告人一〇名に対し懲役六月ないし三月(いずれも二年間執行猶予)の有罪判決を言渡し、その判決理由は要旨のみを告知した。右判決に対し、弁護人から、理由不備、事実誤認、法令の解釈適用の誤りを理由として控訴がなされたが、右のうち理由不備の控訴趣意中において、右判決理由の要旨の告知の違法性が争われた。
【判旨】
所論は、要するに、原審記録中には罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用などについて詳細な記載のある判決書が存するが、刑訴法(以下法という。)三四二条によれば「判決は、公判廷において、宣告によりこれを告知する。」とされ、そこで宣告されたのが判決の内容をなすから、判決に「理由」が付されているか否かは、公判廷において現に宣告された事項を対象として判断すべきものであつて、判決書は宣告内容を証明する一つの手段に過ぎないというべきところ、原裁判所が昭和五四年一二月二七日の公判期日において宣告した判決内容のうち、判決主文は判決書のそれと同一であるが、判決理由は「当裁判所の認定した事実は、ほぼ起訴状記載のとおりである。野村被告人の昭和四七年一一月一六日付起訴事実につき、同被告人は無罪。田中、大村被告人の和知に対する傷害は暴行と認定した。川本被告人の林に対する傷害は暴行と認定した。福山被告人の小林に対する傷害のうち、蹴つた点は認めない。弁護人は公訴権の濫用であると主張するが採用しない。弁護人は川本被告人について正当防衛と主張するが採用しない。弁護人は本件全訴因について違法性がないと主張するが採用しない。」という程度のもので、罪となるべき事実の特定を欠くとともに証拠の標目及び法令の適用については何ら触れるところがなく(控訴に関する注意や説諭もなされていない。)、以上によれば原判決に理由不備の違法があることは明らかである、というのである。
そこで、検討すると、法三四二条が判決は公判廷における宣告により告知する旨を規定していることに照らし、判決の理由これを有罪判決についていえば罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用などの事項(法三三五条)は判決宣告の際に告知されなければならないこと所論のとおりであるが、判決宣告の具体的方法については、刑訴規則(以下規則という。)三五条二項が「判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない。」と規定しているから、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用などの告知は、その要旨を告知することによつて行うことも許されているのである。これに対して所論は、右の規定が判決の理由につき要旨の告知で足りるとする点を捉え、同規定は法に違反する疑いがあると主張するので判断すると、法が裁判に理由を付することを要求する趣旨は、裁判が十分な根拠に基づく正当なものであることを明らかにし、それが恣意に流れることを防止し、かつ不服申立のための訴訟関係人の検討や不服申立のあつた場合の上訴審の審査に資するためのものであることにかんがみれば、理由の告知に当つてその要旨を告げるに止まつても裁判が恣意に流れるとか上訴権の行使を困難ならしめるとかの弊害が生じないのであれば、強いてこれを許されないとする必要はないというべきであり、しかも、判決の宣告は必ずしもあらかじめ判決書を作成したうえこれに基づいて行うべきものとは定められていない(最高裁判所昭和二五年一一月一七日判決・刑集四巻一一号二三二八頁、刑訴規則二一九条参照)のであるから、法自体既に理由の要旨の告知を前提としているとも解せられるところ、さらに検討すると、判決についてはその宣告とともに判決書の作成が義務づけられていて(規則五三条。上訴の申立がない場合の例外として同二一九条)、判決書には当然のこととして、有罪であれば罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用などの理由が明確かつ具体的に記載されるのであつて、裁判に理由を付さなければならないとの法の要請は必ず具現されることが保障されているのであり、他方、上訴については、判決書の内容及び公判廷において宣告された内容の双方を含む意味での判決の全体がその対象となる(最高裁判所昭和五一年一一月四日判決・刑集三〇巻一〇号一八八七頁参照)から、当事者としても判決書に基づいて不服の事由を的確に把握して十分な上訴理由を構成することができ、また上訴提起期間は裁判が告知された日から進行(法三五八条)し、控訴については、その期間は一四日(法三七三条)とされてはいるが、控訴をするには申立書を第一審裁判所に差し出せば足り(法三七四条)、控訴趣意書は、控訴裁判所が第一審裁判所から判決書を含む訴訟記録の送付を受けたあと最終日を指定して控訴申立人らに通知した控訴趣意書差出期間内に差し出すべきもので(法三七六条、規則二三六条一項)、その差出最終日は、控訴申立人に対する通知の送達があつた日の翌日から起算して二一日目以後の日(規則二三六条三項)でなければならないとされていることに照らし、判決理由全文の告知を受けなくても当事者が適法な控訴の申立をすることは十分可能であると認められ、以上いずれの面から見ても、前叙のような弊害は考えられないから、この点の所論を容れることはできない。所論はまた、本件のように被告人側が公訴事実の存否、その違法性の有無などを極力争つて公判回数が六〇回にも及んだという事例においては、判決理由は規則三五条二項前段によりその全文を朗読すべきである、と主張するが、理由の朗読と理由の要旨の告知とは並列的に規定されていて、そのいずれの方法をとるかは裁判長の裁量に委ねられているというべきであるから、この点の所論も採用することができない。ところで、上訴提起期間が判決宣告の日から進行を開始することに照らし、前叙したところをも併せ考えると、告知すべき判決理由の要旨の程度は、主文と相まつて、当事者において上訴するか否かの意思決定を直ちにすることができるようなものでなければならないと解される反面、究極的には判決理由の全てが判決書に記載されるから、必ずしもその理由の全項目について要旨を告げるまでの必要はなく、要は告知された要旨と判決書の記載とを対比してその間の同一性が肯定されれば足り(同一性を欠く場合には、宣告された内容を基準にしてそのとおりのものとして効力を生ずることは別論である。)、なお控訴裁判所が以上について審査を遂げ、問題のないことが判明した場合には、理由不備等の違法の有無の判定は判決書に基づいてこれをなすのが相当であると解せられ、かかる見地から本件を見ると、被告人田中の当公判廷(第二回)における供述によれば、原審裁判長が公判廷において宣告した判決の内容は、用語の正確さは別にして趣旨としては前示の所論指摘のようなものであつたことが認められるが、このうち判決の理由として述べられたところは、その際に引用された起訴状の公訴事実の記載と相まつて、各起訴事実ごとに有罪、無罪の認定を一義的に明らかにするとともに、犯行態様などについては概ね起訴事実のとおりであることをも示すものであつて、これと朗読された主文とにより当事者が直ちに控訴するか否かの意思決定をすることは容易であると認められ、次に告知された判決の理由と原判決書の理由欄の記載とを対比すると、前者は証拠の標目及び法令の適用を欠くものの、罪となるべき事実や弁護人の主張に対する判断について後者のそれを簡略化して要旨を告知したものであることが明らかであつて、両者の間の同一性は優に肯認され、以上を前提にして原判決書を検討すると、これには罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用、弁護人の主張に対する判断、一部無罪の理由などの諸事項が記載されていて、判決に理由を付すべきことを定めた法四四条一項、三三五条の規定に違反する点はなく、さらにその記載内容を精査してみても、何らの理由不備も認められず、結局原判決には理由不備の違法はないというべきである(なお控訴期間等の不告知の点は、弁護人からの申立により適法に控訴手続がなされているのであるから、それを根拠とする控訴の趣意は不服申立の利益がなく、理由がないというべきであるが、これを解釈上の問題としてみても、その不告知は規則二二〇条に違反するものの、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反には当たらないと解せられ、また判決宣告後の訓戒を欠く点はもともと訓戒が任意的なものであつて、異とするに足りない。)。
論旨は理由がない。
(千葉和郎 神田忠治 中野保昭)